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めきょさんのブログ

社会不適合者のめきょさんが身体張ったり食ったり呑んだり見たりするレポを書いたらいかんのか?

【真田丸公開記念】真田一族が九度山で遺した軌跡を辿ってみた・2

はい、というわけで前回真田庵を訪れ、真田家の九度山における暮らしぶりを住居を通じて感じ取ることが出来ました!
続いては大河ドラマ真田丸」の公開に合わせて建てられた「九度山・真田ミュージアム」へと向かい、色々と見ていきたいなーと思います!

シリーズものなので

各記事へのリンクとタイトルをご用意させていただきました!
もう一度見たい、こんなもん読みたくないときなどのときにご使用ください!

九度山・真田ミュージアム

真田庵から九度山・真田ミュージアムへは徒歩にて5分ぐらい。
同じブロック内なんだけどいかんせん暑い(撮影当時は夏真っ盛り、最高気温33℃)ってこともあって汗びっしょりですがな…

f:id:mekyonama:20161109032747j:plain 家族3人、フウフウというかゼエゼエ言いながらどうにか真田ミュージアムの入り口に到着しました!
門構えが結構しっかりしてますねー!

f:id:mekyonama:20161109032749j:plain

入り口にて入館券を購入し、いざ入館じゃーい!

なお、前回訪れた真田庵と違い、こちらは入館料がかかります。
とは言え入館料は500円(子供は250円)。上田の真田丸ドラマ記念館を訪れたときも思ったけど、やっぱり人気のところはそれなりの理由があるんやな…

館内

… エラく威勢のいいオバハンの挨拶を受けつつ、入館するといきなり見えてくるのが…f:id:mekyonama:20161109032750j:plain 真田家の三本柱!
左から信繁・昌幸・信之。
もちろん模型やけど威厳あるのう…!

f:id:mekyonama:20161109032752j:plain 模型を見つつ左手側に進むと、真田家の中心地、上田時代からの展示物が展示されています。
真田丸ドラマ記念館で見たものとちょいちょいカブってるよーな気するけどそれはしゃーないかな?
余談ですが、上田の真田丸ドラマ記念館は撮影可能ポイントが僅かに1箇所のみ。
これに対して、真田ミュージアムはほぼ撮影フリー(流石にダメなところはダメってプレートが貼られていましたが)。大らかやな…!

f:id:mekyonama:20161109032753j:plain途中には真田家が使っていたとされる鉄砲が飾られていました!
が…上田城の櫓にあった鉄砲のように触れられないようになってました。うーん、残念・・・!

f:id:mekyonama:20161109032754j:plain 信繁がお兄ちゃん(=信之)に「お金貸してください」とお願いしたときの書状がありました。
よーく考えたら会社が買収されて無職になった人、それが真田信繁と昌幸ですからね。
なんでこんなにまで煮詰まることになったんでしょう…?

真田紐

突然ですが、皆様が身内から「金貸して」って言われ、そこまで大金でなければどうしますかね…?
大抵の場合は銀行口座を聞いて、口座に振り込む流れかなー…と思います(近所やったら手渡し)。振り込め詐欺は知らん
ちなみに、めきょ家の場合は姉に対しては銀行口座で振込んでます。同じ家にて暮らしている僕らに対しては手渡しだったり様々。

…信繁・昌幸の親子も例に漏れず、徳川に降り、信繁・昌幸親子に代わって信州・上田の君主となった信之さんに「お金を貸してくれ。なんか仕送りしてくれ」とお願いの書状を届けることになりました。

この時代にはATMなんてそんなもんは無いし、車など便利な道具もなし。つまり、送ってくれたら後は無事に相手に届き、相手が無事に内容を理解し、こちらに無事に物資等を送り届けてもらうよう祈るぐらいしかないのです。懸賞ハガキで生活してた芸人みたいですね。

ほんでまぁ、家康さんの目を盗んで物資はそれなりに届いてはいました。が、家康さんの味方でありながら家康の敵に支援するってのはいかんのか?いかんでしょ。
というわけ?で信繁が近隣住民のために、そして自分自身の生活のために(文字通り)編み出したのが「真田紐」というものなのです。 f:id:mekyonama:20161109032755j:plain この織物を通じて織られた紐は縄など、この時代の「縛るもの(意味深)」とは違う織り方(普通の紐は組み紐という形式で織っているのに対して真田紐は縞模様のある平織りらしいです)でとにかく固く、千切れる気配が全くありません。
それよりも硬いであろうフックが取れたぐらいです。本当に固いです。

f:id:mekyonama:20161109032759j:plain 真田紐を使って、実際に吊るしてみたもの。
グイーッと引っ張っても真田紐は千切れませんでした。むしろ支えている何かが折れそうです。

f:id:mekyonama:20161109032801j:plain 「真田紐は後で買お、使い道絶対あるわ」と思いつつ更に進むといよいよ見えてきました!パネル!(大阪の陣の)パネルです!

f:id:mekyonama:20161109032802j:plain 更には大阪の陣をプロジェクション・マッピングを使って説明しているものもありました! f:id:mekyonama:20161109032808j:plain 九度山から大阪が近いからか、大阪の陣を取りあげている展示物が多い気がする…

f:id:mekyonama:20161109032803j:plain プロジェクション・マッピングが終わったと思ったら今度は真田丸デビュー戦の「大阪冬の陣」のパネルが登場!

f:id:mekyonama:20161109032805j:plain 冬の陣が終わったら次は大阪夏の陣
結果とか諸々知っているとは言え、結構読ませる内容なんですよねー

f:id:mekyonama:20161109032810j:plain 大阪の陣の展示物の次は真田のカラクリに挑戦することにします!
大河ドラマ館でもそれっぽいのは見たけどアレはゴーグルから360度回転出来るやつやったやしなー、それっぽいのがあるぐらいやろ…(フラグ)

f:id:mekyonama:20161109032811j:plain ほれ見い、普通やん。(ちなみにここは、信繁と昌幸が将来について語り合ってるところらしいよ)

f:id:mekyonama:20161109032813j:plain …って……誰やお前…(震え声)

f:id:mekyonama:20161109032815j:plain き、気を取り直して次行こう!

って感じで次に進むと、書物が置かれているコーナーがありました。
なんやお前、オジサンそんな心臓強くないんや、ビビらしたらあk…

f:id:mekyonama:20161109032816j:plainいやだから誰やお前!
なんや青葉か、青葉なんか!?
いや違う、佐助か!?(全部違います)

f:id:mekyonama:20161109032817j:plain ここにも青葉…じゃない、佐助がおるんかな?

f:id:mekyonama:20161109032818j:plain と思ったら武器庫でした。
隠し扉の奥に武器庫ってちょっと頭おかしいと思う。九度山に入ることについて住民の反対なんかは無かったらしいし、一揆とかもなし。
一体誰と闘っているんだ…w

f:id:mekyonama:20161109032814j:plainそしてここにもありました、真田井戸。
これは生活用にあらず、脱出用にありけり。

上田でも「脱出用」としてあった井戸ですが、ここでも作られていたようですねー。

f:id:mekyonama:20161109032821j:plain 更に進み、展示物を何個か見ました。 f:id:mekyonama:20161109032822j:plain 家康の墓って日光じゃなかったっけ…? f:id:mekyonama:20161109032823j:plain おおう、影武者伝説出たでぇ…!
それは流石に盛りすぎやと思う。

f:id:mekyonama:20161109032826j:plain また大阪編でもお話しようかなと思いますが、真田家は大阪の陣の後、全国各地へ散らばりました。
代表的な例で行くと「奥州真田家」がありますが、それらの他にもいっぱいいますねー…!

f:id:mekyonama:20161109032827j:plain そんな真田家は映画や大河ドラマでも何度か主人公として取り上げられており、まずは佐助メインの映画のポスターが。
信繁と共に成長してきた忍びってやつですね。信繁の忍び。信長の忍びではないよ!

f:id:mekyonama:20161109032828j:plain …硬派なやつもあるんやな…w
どーだっていいけど謀略って言うとどうしても昌幸さんのイメージがある。高坂とか高坂とか高坂とか高s

f:id:mekyonama:20161109032829j:plain そして真田家のもう一人の主役と言えば「真田十勇士」。
あくまでも超有名小説家が作り出した物語の人物ではありますが、一部は史実にも載ってる人物をモデルにしています。

f:id:mekyonama:20161109032830j:plain ポスターとか派手なんが来たと思ったらほら来たよ、BASARA。オーモーイーガー
上田編でもチラッと書いたけど、信繁さんはもっと硬派なオッサンなんやで…!?

f:id:mekyonama:20161109032832j:plain まぁBASARA中心になるよね。超有名ゲームやし。
個人的にはやり込んだゲーム「戦国大戦」の真田幸村も取り上げて欲しかったなぁ…!結構な種類の幸村いますし、それぞれ個性が出まくってますし…年内にサービス終了しますけどどうですかね…(チラッチラッ

f:id:mekyonama:20161109032834j:plain ゲーム系の展示物の次は、いよいよ最後には大河ドラマ真田丸」の展示物がありました!

f:id:mekyonama:20161109032836j:plain 真田丸ドラマ記念館では撮影不可だった真田丸のタイトル文字が!
メイキング映像を見たときには1ヶ月かけて作る様を観れましたが、こっちでは実際に作った後かー。
これは迫力がありますねぇ…!

記念撮影

真田丸に関する展示物が終わり、いよいよ外へ出るかのー…!
ってなったところで、オバハンたちが記念撮影してもらっているのを見かけました。

当初は「観光ツアーのオバハンやからツアー費にコミコミなんやろ」って思っていましたが、あの作りこまれた感じの三本柱と一緒に撮影できるのは大変な光栄ですな…!

f:id:mekyonama:20161127171507j:plain

ってことで一枚パシャリ。
入場料より高い1,300円でしたがこれはこれでいいものだ。

まとめ

てなわけでいかがだったでしょうか!
真田庵では真田家が過ごした家を、真田ミュージアムでは暮らしぶりや九度山での商売について見ていくことが出来ました!

やや繰り返しになってしまいますが、真田信繁・昌幸親子の九度山での日々は想像に絶すると思います。

あちこちネットやら文献やら適当に調べてみても「貧乏だった。なので真田紐を編み出した」「明日の食い物すら無いのでお兄ちゃんにねだった」ってぐらいの文献しかないようなのでなんとも言えませんが、(現代で言えば)くっそ寒いのにヒートテックなし。服もせいぜい3着ぐらい。ボロくなっても服を買う金もない。っていうか金を稼ぐための仕事もない。という「本当に何もない」中で何かを生み出すという苦しみは凄まじいものだったんだろうなぁ、と思います。

故に編み出された紐は固く、丈夫。いい大人が2人で引っ張り合っても千切れません。
元主君なのだから多少の強度は目を瞑ってどうにかして売ればいいものを「ちゃんと出せるもの」にしてから出す辺り、本当に民のことを考えていたんだろうなぁ、なんてことを思ったり思わなかったり。

…その後、真田信繁は元の就職先「豊臣」の使者からの強いオファーにより大阪城入城を決意。
「アホなこと考えとらんやろな」と言う具合に監視をしていた徳川家の役人の目をごまかし、大阪城へ向かうのです。

豊臣家に再就職

高野山(現在の和歌山県九度山町)にお目付け役(=監視役)付きで転封するという事実上の完全勝利から14年の歳月がすぎるその間に、徳川家康は前々から「徳川が大正義なのになんで従わないのよ」てな具合でウザがっていた豊臣家をMETSUBOUさせようと決心します。

もちろん江戸から遠く離れた地の、しかも一度は天下を掴んだ名門となれば石高も、兵力もそれなり。ゴリ押しで行ったらエライことになります。
そこで徳川家は、比較的?軟弱という噂のあった豊臣の子、豊臣秀頼に照準を絞ります。

秀頼は名門の子ながら政治にはまぁまぁ疎く、淀の方(≒竹内結子)やご老人方に大抵の政(まつりごと)を任せていたそう。
淀の方含め豊臣家の重鎮()の方々は「おう、(融和を)考えてやるよ」と上から目線で来る徳川家の申し出やらなんやらを拒否します。

拒否したことが積り積もって、両家の緊張は一気に高まります。
こうなると大抵の場合戦待ったなし…なのですが、徳川家康はそれでも持ち前の忍耐力で「なぁ~頼むよぉ~一度会ってくれよぉ~」と尻尾をフリフリ。
これに対して豊臣家側が折れ?、京都において1回だけ会談が実現しました。

…その時の様子が克明に記された資料がないのでまた想像になりますが、会談を経て、家康は「やっぱりアイツら潰そう」と決意します。

会談後、「イチャモンをつければアイツらは乗るな」と察した家康さんと愉快な仲間たちは、大阪の方広寺という寺に置くことになった鐘に目をつけ、鐘に書かれた文字にイチャモン(※)をつけたら豊臣家は見事にフィッシュオン。いよいよ戦待ったなしの状態になりました。
(※イチャモンとはざっくり言えば、徳川METSUBOUせよ。慈悲はない。って感じの文言。まぁ見つけた方も見つけた方ですが、書いた方も書いた方でつね)

んで、戦に備えて「豊臣家に味方してくれそうなメンツ」をかき集めたところ、集まったのは5万ちょっと。しかも参加目的が殆ど「豊臣家の再興じゃー!」ではなく、「徳川が憎らしい」なので纏まりが全然ついていません。

そこで豊臣家の重鎮さん達は、幸村という(どんなにマズい料理でも美味くなるという噂の)カレーのような伝説枠を、浪人衆というごった煮の中にブチ込むことでどうにかしようと考え、プリズンブレイクを計画。
幸村も重鎮さんたちの熱いオファーを受け、豊臣家への再就職を決意。
大阪城へと入場させます。

てなもんで、ちょいと長くなりましたがいよいよ最後!
真田幸村の見せ場、大阪へと足を進めようと思います!

【真田丸公開記念】真田一族が大阪で遺した軌跡を辿ってみた・1へ

シリーズものなので

各記事へのリンクとタイトルをご用意させていただきました!
もう一度見たい、こんなもん読みたくないときなどのときにご使用ください!